東京の頃その2(二話完結)・短編小説
静江は新聞のチラシを見ていた。「男女共生センター斉藤紀香先生講演会」と写真入りのチラシが目に付いた。間違いなく。昔の恋人の紀香だった。
先生になったのかという羨望と、まだそんなつまらないことやっているのかという馬鹿馬鹿しさが、静江の記憶や現在に去来した。
「朝食まだか?」と二歳年上の夫が静江に催促した。
「ああ、ちょっとまって。今、作るから。」と急いで台所に行った。
紀香には紀香の道があり私には私の道があると、悟ったようなことを、みそ汁を作りながら、そう思い込もうとしたが、なぜか、羨望が先に立った。
紀香は夫のために味噌汁を作ることをするのだろうか。と、ふと考えた。
二階から子供が下りてきた。女の子だ。今年で中学一年だった。生意気盛りだった。
あまり子供に愛情が持てなかった。
一言でいうと「可愛くない・子育てをしても面白くない。」というのが本音だ。
その本音を誰にも言ったことはなかった。
何かいらいらした気持ちになった。人生の選択を間違えただろうか。いや、今が自分の力量でできた最高の選択だった。
紀香に振り回された人生を送らなくて正解だった。と思った。
だけども、やはり面白くはなかった。なぜか涙が出てきて止まらなかった。悔しさと口惜しさが普段は平穏な感情を逆なでした。たまらずに嗚咽した。
「今日、お前、変だぞ。」と夫が言った。
「なにかあったのか?」と夫が言った。
「疲れただけ、大丈夫。」と静江は言った。
子供がiーpadで音楽を聴いていた。
やっとのことで朝食を作った。気分が動転していた。
「ちょっと休みます」夫に許可を得て、二階の寝室に引きこもった。
嗚咽の続きをした。あらん限り泣いた。
(終わり)