アパートで。その1・短編小説
Tears In Heaven [日本語訳付き] エリック・クラプトン
部屋へと通じるアパートの階段を上がった。私の部屋は二階にあった。まいさんも後からついてきた。
コンクリートの階段だった。
「雪が降ると、凍ってこの階段、危ないんだよ。」と、まいさんに聞こえるようにいった。
まいさんは黙って、反応がなかった。
私は部屋のドアのかぎを開けた。私が先に入った。
「どうぞ、どうぞ。」と私は言った。まいさんは部屋の台所を見て、
「汚いんだけど、男の人って、皆、これくらいだよね。」と、少し笑った。
「あ、ローソンの袋がいっぱい。カップヌードルがいっぱい。ローソンで買ったやつなの?全部。ローソンマン(笑)」とまいさんは、下手なギャグを飛ばした。
まいさんはローソンの店員だったから、私は言葉を返して、
「ローソンガール(笑)。」と返した。まいさんは「しらけた。」と言った。その後に「ウソだよ。」と付け加えてくれた。
私は居間に入り、コタツのスイッチとエアコンのリモコンのスイッチを入れた。
まいさんは何も言わずに、コタツに足を入れて、座った。私もそうした。コタツで向かい合った。
「なにか、音楽でも聞くかい?」と私は言った。
「いい、このままでいい。ああ、クラプトン、ある?」
今の若い人は、「クラプトン」と言うのか、と私は思った。独特の日本語的な発音だった。台所洗剤の名前か何かそういうものに聞こえた。
「古いやつならある。」と私は言った。
「『tears in heaven』聞きたい。」とまいさんが言った。
「youtubeで。」と、まいさんが付け加えた。私はそれに気づかなかった。コタツの脇のパソコンを起動させた。
「そうか、そうか。」と、私は自分の歳を意識し、現在の若い人たちの普通の発想力がなく、それに、まいさんは気を悪くしないか、とおもった。
「気づかなかったよ。」と、パソコンの遅い起動を待った。その間、沈黙が続いた。起動を終えると、私は、ネットにつないで、youtubeで「tears in heaven」を探した。
曲が流れ始めた。
まいさんは、「弟を思い出す。」とぽつりと言った。
「弟さんは何してるの?」
「津波で死んだの。」
「そうか。」私は言い、言葉に詰まった。
「こっちに避難してきたの?」と、私は言った。
「もう、こっちが生活場だよ。」とまいさんは言った。
でも、まいさんはもう泣いていた。
この女がいとおしい。と思った。が、情欲が高まったことを一方で恥ずかしい、と感じた。
まいさんに寄り添い、横から抱きしめた。まいさんの髪の匂いがした。
まいさんが、一言、言った。
「私、大した女じゃないから。」
私は切なくなり、まいさんをより強く抱きしめた。まいさんの体の厚みを感じた。