孤独の絶滅その3・短編小説
まいさんを私は待った。待つ時間がひどく長い時間に感じ、それでいて期待に膨らみ、なお、猜疑心があるのを否めないという、やや複雑で混乱した心持ちでまいさんを待った。
まいさんから教えてほしいことがあった。電話番号やまいさんの家がどこにあるかをまいさんがどうやって今まで生きてきて、どうやって、今在るのかを。つまりは、私はまいさんの過去を記憶をも所有したいという、恋し始めた人間の恋した対象にたいする、過去の体験までも記憶までも共有したいという、恋し始めた人間を襲うあの傲慢な情熱というか習性に、私は囚われていた。
自転車がアパートの前に止まるブレーキの音がした。私はまいさんの自転車であることを期待した。階段を上る音がして、私はせわしない緊張に駆られた。いま、恋していると思われる自分が少し滑稽に思われた。
キンコーンとドアベルが鳴った。私はゆっくりとコタツから立ち上がり、居間の戸をあけ、キッチンとユニットバスに挟まれた狭い廊下を伝い、ドアへと向かった。ドアを開けた。
まいさんは手袋とセーターを着込みその上にうす茶色のコートを羽織っていた。下は、長い丈のスカートにブーツを履いていた。が、私が驚いたのは、まいさんが左目に眼帯をしていたことであり、右の頬には薄黒いあざが広がってるのが嫌でも分かった。
私は反射的に、言った。
「大丈夫?」
まいさんは余計なことを聞かれたという風に、ふくれっ面をして、大丈夫と答えたが、その三秒後に、わっと泣き出した。まいさんの方から、まだブーツを脱いでいないのに、私を抱きしめた。私は嬉しいというより困惑した。
「こんな生活から逃れたい。」と、泣きながらまいさんは嗚咽して言った。