孤独の絶滅その4・短編小説
居間で、私とまいさんはコタツを挟んで、向かい合った。
まいさんはしばらく泣いていて、涙をハンカチで拭いたり、ティッシュで鼻をかんだりしていた。
「殴られたの。Keiさんとやっちゃった日に。家に帰ったら夫がいたの。」
「え、結婚してたの?」
「そうじゃなくて前の旦那。別れたの。でも、付きまとってくるの。」
「別れたって、なんで。」と言って、そのまま話すのをやめた。暴力と血が支配する世界も確かにこの平和な日本でもあった。私もまた、そういう世界を知らないわけではなかった。
「警察には、言ったの?」
「言ったけど、前に。でも、余計に殴られた。」
「君の前の旦那は、何をして働いているの?」
「無職だよ。ほんとに甲斐性なしでね。地震が起きてから一緒に避難して来たんだけれど、全く働く気がなくなってしまったの。今では、競馬とかパチンコとか、そういういろいろに溺れてしまって、昔とは全然・・・」と、まいさんはまた泣いた。
「金をせびりにくるんだ?」
「そうなの東電からの金も使い果たしてしまって。私の母さえ殴るのよ。この前もそう。帰ってきたら、母が殴られてて、もう、悔しくて、悔しくて。」
「そうか。」どうしようもなくダークな世界の話を聞いて、私は嫌な気分になった。だが、暴力が支配する世界なら私も知っていた。暴力の質は違っていたが。
「二万、いい?必ず返す。」
私は、部屋の隅に置いてあった携帯金庫から、非常用にとっておいた二万円を取り出した。コタツにまたはいるとまいさんに二万円を差し出した。まいさんはお金か私かに、手を合わせて、「ありがとうございます。すみません。」と言った。
「keiさん、いい人だ。」とまいさんは言った。
「まいさんは仮設住宅に?」聞きにくいことだが訊いてみた。
「違うよ。もう出たよ。」
「そうか。」私は阿呆のように「そうか」を連発した。あまり知りたい世界ではなかった。
「私、仕事に行かなくちゃ。ごめんね。」
「仕事って、何してるの。ローソンは朝番だけでしょ。」
「スナックでお手伝いしてるの。」
私はそれを聞いて、非常にムカついてきた。まいさんに。地震と原発はまいさんの家族を押しつぶしてしまった。木端微塵に。ムカついた一方で、健気に生きるまいさんに情が本格的に移った。
まいさんはコタツから立ち上がった。私が作ったコーヒーも飲まずに。まだ熱いままにして。
私も立ち上がった。まいさんが両手を広げ、抱きしめて、という合図をした。
私とまいさんは抱きしめ合った。。
「気を付けて、まいさん。」
「お金、今度の土曜日に返す。連絡します。」とまいさんは私の胸に耳を押し付けて言った。
「まいさん、愛してる。」と私は思わず、無意識のまま、口にした。私は自分に狼狽した。
「ありがとう。Keiさん。」と予測しない言葉が返ってきた。
「じゃあね。」
まいさんが去ると、私はまいさんの飲みかけのコーヒーをぐいっと、一飲みした。コーヒーは苦く、それでいて、生ぬるかった。