孤独の絶滅その5・短編小説
私が働いているパン屋は、駅前の市街地にあった。「NPO法人・夢工場・エンゼルパン」というのがその名前だった。パン工場と売り場兼喫茶店に分かれていた。私は主に売り場と喫茶店で働いていた。
このパン屋さんの画期的なところは、障害者と健常者が共に働き、たいていの授産施設とは違って、障害者も法定賃金をもらっているところだった。障害者で雇用されているのは主に軽い知的の方と軽い精神の障害を持つ方で、障害者の労働時間は5時間に設定されていた。
しかし、バイトの私の賃金は相当安い。なぜなら、仕事がイージーなものだったからだった。私はといえば気楽に働けるこのパン屋を気に入っていた。
8:00の今日の朝礼は普段は姿を見せない、理事長も来ていた。理事長が朝礼で言った。異例のことだった。
「今日は、偉い人が来ます。テレビも取材に来ます。でも、みなさん、心配せずに、いつも通りやってください。」と理事長はにこやかに言った。
11:00になると、地元の国会議員の先生とそれを取り巻く色々な人が来ていた。これからの障害者の雇用環境のモデルとして、このパン屋を視察に来たのだ。
私も若干緊張した。理事長は売り場で議員たちがコーヒーを飲む予定だと言っていた。コーヒーはなるべく障害者に運ばせてほしいとの、理事長のリクエストがあった。
見知った地元の議員の顔が議員団の中心にあった。丸川創大議員だった。保守党の中心議員だと知られていた。私はそれより気になる顔があった。丸川創大議員の息子で県会議員を務める丸川広志議員の姿があった。丸川広志は私の高校時代の一年上の先輩だった。同じ映画サークルに高校時代所属していた。
私が都落ちして、福島に帰ってきたのを聞いて、ただ一人、昔の友達の中で私に会いに来てくれた、高校の先輩だった。今も、丸川広志県会議員とはたまに映画を見に行く仲であった。
丸川創大議員がコーヒーを飲んでいる頃、レジにいた私に、丸川先輩は、話しかけてきた。
「いや、ご苦労さん。」
「先輩こそ、大変ですね。」
私たちはにやにやしあった。私と先輩はどこか疑似同性愛的な友情というか腐れ縁で結ばれていた。
「コーヒー、飲みますか?」と私は言った。
「そういうのはいいから。知ってた?今度、山形に地方文化事業の視察に日曜日行くんだよ。オヤジと。山形映画祭を視察に。」
「はあ、それはいいですね。」
「アレクセイ・ゲルマンの新作が見れるんだよ。keiも来ない?」
「ああ、ネットで知っていたんですけれど。」
「行こうよ。ただになるし。」
アレクセイ・ゲルマンとは、世紀をまたぐロシアの映画の巨匠だった。タルコフスキーをしのぐという噂だった。
食指が動いた。
「いつやるんですか?」
「木曜日。行く?」
「行きます。行きます。仕事休みます。」
丸川創大が、帰るころになった。先輩も、後を追った。
「木曜日、駅の西口で会おう。8:00に。」
「わかりました。」
お互いにやにやして先輩と議員団は去った。久しぶりの出来事にわくわくした。