孤独の絶滅その6・短編小説
アパートに帰ると、木曜日の山形映画祭と広志先輩のことを考えた。いずれ、丸川創大議員が広志先輩を衆議院の後継候補に指名するという噂だった。広志先輩が何か遠い存在へと感じられた。自分はただのフリーターにすぎない。もはや、身分が違うと言ってもいい。一方で広志先輩はある意味、度を越した映画ファンだった。高校の頃から頭が良かったが、当時は、映画を見たいがために、映画館がいっぱいある東京の大学へと進学したがっていたが、両親の説得によって、仙台の旧帝大に泣く泣く入学したが、東北の映画首都たる山形市へと足を頻繁に伸ばし、マイナーな映画にも造詣が深くなった。
まいさんからはまだ、連絡がなかった。私が騙されているのかもという疑いに捉われることもあったが、恋していたから、それ以上の詮索が進まなかった。今日の朝もまいさんはローソンにいなかった。仕事の帰りに店長に聞くと、来週から復帰するとだけ、店長は不機嫌そうに言っていた。
イエデンが鳴った。受話器を取るとまいさんだった。
「お金、都合ついたから今行っていい?」
「おお、大歓迎、大歓迎。」
「じゃあ、今から行くから。」
「待ってるから。」
気持ちがわくわくしてきた。まいさんと会えるというワクワク感と映画を山形まで見に行くというワクワク感は違っていた。だが、やはり、わくわくした。今夜こそ、まいさんの電話番号と住まいががどこになるのかを聞いてみようと思った。
しばらくして、ドアベルが鳴った。ドアを開けると、まいさんだった。
「上がっていい?」まいさんの口元から白い息が上がっていた。あざはだいぶ薄くなったが、まだ残っていた。
「どうぞ、寒かったでしょ。」
お互い、いつものようにコタツに向かい合って座った。まいさんがバックから、茶色い封筒を取り出し私に渡した。
「どうも、ありがとうございました。」と、まいさんが言った。
私は封筒の中身を空け、二万円入っていることを確認し、財布にしまった。
明日、木曜日に友達と映画を見に行くことなどを話した。自分のことは明かさないでまいさんの暮らしのことなどを聞いた。会話を続けた。
「まいさんは映画は何が好き?」
「ナウシカ」とまいさんが言った。
「でも漫画のナウシカの方がもっと好きだよ。」
「そうか、でも、なんか、漫画のナウシカって最後の方、残酷じゃない?」
「そうかな?感動したけどな。」とまいさん。
「私もナウシカみたいになりたい。この世界の。」と、まいさんは続けた。
「メシア?それは無理だと思う。」
「なんていうか、ちょっとしたナウシカ。何か・・・なんでもいいから、世界から必要とされたい。」
「そうか、そうか。」
すると、ドアをどんどんどんと乱暴にノックする音がした。
「ああ、たーちゃんかも。」と、まいさんはおびえた声と目つきになった。
「たーちゃんって?」
「この前言った、私の元の旦那」
また、どんどんどんと再び乱暴に誰かが私の部屋のドアをノックした。まいさんの顔は今にも泣きそうだった。
「まい、おれだ、おれだ。タカユキだ。」
まいさんは、皮肉な形で、その男から必要とされていた。